社会に馴染みながら、自分らしくあることの難しさ。
私のアイデンティティの定義が間違ってる?
好きなことだけして生きるなんて無理だから腹を括るべきなの?
腹を括っても、没個性しても私は私でいられる?
27年間育んできたものを手放すような、なくしてしまうと取り返しのつかなくなるような。
そんな気がして変われていない悪。
善?
マヒ
言葉を綴るという行為で、そうとは思わずともマインドフルネスしていたのかもしらん。
事柄事象に対して今ほど無関心でなかったし、意見もあったのだけどマヒしてる。
向き合う時間が少なけりゃ、前に進むはずもなく俯瞰して余裕が持てるはずもなく
自我を貫いて成功しなきゃ、少なくとも成功してると見えてなきゃ。
(私自身が私自身をどう評価してるかはまた別の話で。)
押し売り感
よくなかったとこ
・理解度の差えぐい、最後の最後、載るのWEB?
・最後押し売り感…見積ください言わせた感すごい。
・不得意なとこ話なかったことにするの、前言われたまんま。困ってるのは看護では…情報調べて送ってあげる!!
・10応募で伝えたけど、反響事例見ないとやば。
コトバというのは至極便利で厄介なもので、
作品を理解してもらう?
27年のバックボーンから生み出されたものが、
私の感情や感覚を無視して、フィルターを通さずに全く同じように理解してもらえる訳がなくて、
コトバというのは至極便利で厄介なもので、人を解ったような気にさせる。
生み出したものだけじゃなくて、存在自体だって、考えていること、想いだって。
共感してても共鳴はしてなくて、分かってくれても解ってはくれてない。
自分だって誰かにそうであること、
だからこそ面白い?
心躍らせて
わたしが心躍らせてわたしらしくいること、うまくいくビジョンはおぼろげに見えているのに追いかけ続けて全然たどり着けていないこと、その間にあるギャップも認識してるのに乗り越えられていないこと。
彩りと豊かさ
肌ひとつで気持ちも生活も変わるなんて、それに改めてマインドフルネスの有意義さ。
肌がまともになってきたので気持ちも荒みにくくなり、勢いでご飯も炊け、歯も磨け、炊いたご飯を食べるのにおかず部分だけ買ったら器を使うから生活に彩りと豊かさ、そして節約。
カリカリの女になりたい、と思いつつ食す。そろそろ鍛えるなんて行為も必要なのかもしらん。