<span class="vcard">milet</span>
milet

a work , this is my work .

制作しててふと思う。
18歳にもなって工作してる。
絵画だってあなたのその絵小学生?みたいな人がいたりするし、一心不乱に銅板叩いてた時とか、粘土練ってた時とか、図画工作と変わらない。のではないかなって。
それで私は図画工作との違いを考える。
でも答えは出なくてガラクタみたいな作品が押入れに溜まっていく。
将来もしかすると私は世の中にそういった作品を出していく人間になるかもしれなくて、その時に抽象彫刻みたいな、現代美術みたいな価値のよくわからないものを創造するのは厭。

私は物事を損得とか必要性とかで考えてしまうけれど、不思議と美術は自分の中の価値基準の例外だったりする。
実際のところアートは心を豊かにするって言うけれども別に街中にオブジェがなくたって死人は出ないし、ポスターだったり装丁デザインなんかに華がなくたって売ることは出来る。
でもアートは生活に楽しさを加えるというかなんというか、私が美術の世界にいるからかもしれないけれど、無駄だとは思わない。
流石に景色をスーパー写実で描く人は理解し難いけど(自然をそのまま見たらいいもの!)。
高校のときに耳にタコが出来るくらい聞いた、写実云々の意味がやっとわかったの。
立体として3次元に存在しているものの美しさを真似て2Dにしたところで高が知れていて、わざわざオリジナルを絵に起こすというところに、なんらかの画家の感情なり意味なりを添えなければならないんだと思う。
こうやってたまに考えるとき、真のイデアとか何とかっていうのを思い出す。
どう足掻いたって本物の美しさには叶わないんだ。
と、ここまで模写系を仮定して突っ走ったけど、デザインだったり制作活動はこうじゃないかも。
デザインは他を盗んで利用してなんぼの世界だから例外か。
自分で構想を練って作った作品は、オリジナルだからこの世で一番、至高の価値が見出せる、かもしれない。
話の収集がつかなくなってきた。
要するに私が言いたいのは、無駄を嫌う私が無駄みたいな美術を無駄だと思ったことは一度もないから、私は美術をやるべき人間だってこと。

怠惰故に可能性の芽を捥ぎ取る

今日、まさに今約束をすっぽかして申し訳なさでいっぱい。
私だってすごくすごく参加したい飲み会だったけど積極的になれず、
怠惰さが勝って家から出ずについに向こうからお怒り催促連絡が来るという。
次に会った時どうしよ。
そして何より辛いのは私自身本当は行きたかったってこと。

ところで
バイト、全然成長できていない。
なんだか店長に怒られてばかりなので悲しい。
努力しなくちゃと思い実際勉強はしてるけど、
やっぱり私のだらしなさと怠惰さと危機感の無さで今日の勉強会をさぼったし、
もう寝たい。
キャンドルつけてダラダラしたい。

先輩からまた連絡来るかもしれないし
もしかしたら今から駆けつけの可能性もなくはないから
リラックスモードに入りたくない。

後悔後悔後悔。

役立たず

あの子が嫌いだ云々と言っていて結局そんな嫌いなぶぶんって自分の中にもあるんであって若しくは羨ましがっている裏返しでもあって妬みなわけです。
スタバでアルバイトしてるからって調子乗ってむかつくと思いつつも見目のいいイタリアンレストランでアルバイトして、仕事に対してやる気もなくて向上心もなくてただ格好良さにぶら下がってたのは私の方なわけだ。
軽音に入ってチャラチャラしてすべきこともしてないのに飲み会なんかで楽しむのも
生半可に足突っ込んで迷惑かけて自分だけ良い気分味わってるなんて卑怯。
なんとなくこなせば、時間をつぶせばなんて考えて、自分は器用に物事をこなせるんだなんて過信して、本当は。
自分が思ってるほど。
他人より秀でた才能なんてないんじゃないの、絵は人並み以上だったかもしれない、でも努力をしなかったせいでその可能性を潰した、要領はいいと思ってたけどアルバイトでそんなことないっていうのが痛いほどわかったし、基礎がなってないし全然レベルが違うのに私も適当に練習すればなんとかなるって思って結局出来なくて、 努力するのが嫌だって思ってどんどん落ちて行った結果が丁度今なんだと思う。
自分は対した人間じゃないってのを認めたくなくて余計なことに金かけて無駄なところ磨いて頑張ってるフリして頑張ってる人見下して、個性ある素敵な人間ですアピールして、一番痛くて醜いのは自分だったって全然気づかなかったそんな阿呆。
やるべきこともやっていないのにお気楽に遊んで、中身も何もない価値の薄い人間に仕立て上げたのは全部自分。
ここ最近の怠惰さで諦めた物事で自分をどんどんダメ人間にした。

自己嫌悪ならいくらでも出来るんですよね、自分は駄目な奴だーあーあで吐き出すのは寧ろ楽なことになるから、私はいつもなら今後どうしたらいいかを甘えて考えないから成長しない。
ストイックな人間だとかおもいこんでほんとは自分にとっても甘い、そんな卑怯な人間。
あのむかつく先輩だってほんとはかなり努力してたし考えてたし、言うだけのことやってるし。

イタリア語覚える
ホールで失敗したことはもう二度としない
ギターのストローク習うどこで葵さんとバンド組む恥晒しな覚悟でちゃんと学ぶ オーダー通せるようになる

昨日か一昨日か今日か

突然ここのアドレスが無効になって繋がらなくなったから驚いた。

モーモールルギャバン、ちゃんと聴いたらどれも良い曲だった。
歌詞が突き刺さります、私と彼のことですね。

昨日か一昨日か今日か、同じサークルの男の子が私に懐いてきて手をカップルつなぎで絡ませるという夢を見て、その男の子に恋心を抱きかけた。
そもそも彼女がいる子だしその彼女私の友達だし奪える気なんてしないけれど、でも久しぶりに恋したときの苦しさみたいな高揚感みたいな気持ちを味わえた幸せを感じた。
だんだん夢の鮮明さがなくなってきて何も感じなくなってきたから悲しい。
あんな風な小さくて懐いてくれる恋人、案外好みかもと思った。
年下もよいものかも。

低脳ども、

長生きしたくないとか若いうちに死んでおきたいとかちょくちょく思って
たまにそう話してるけど今死んじゃえって言われても未練があって死ねな
い私はきっといくつになってもこんな風で自殺なんて踏み切れず惰性でだ
らだらと年老いるまで生きるのだろうなと考えた。こういう奴に限って大
病をせずに長生きするものなのではないかしらん、ただ私は不摂生な生活
してるから面倒で背負いたくない病気とかにならなりそう。

私が彼女に抱いている感情が愛情なのか独占欲なのか、おそらくその両方
なんだけどどうも私は愛情を素直に表現して伝えられない性格なのでどう
も大事な好きな人と話すといじめてしまうし小学生並みの愛情の裏返し方
になるから困る。思い返してみると恋人に別れようって言われたときも私
にとって冷たくあしらったのはほんのおふざけだったしでもそれを冗談だ
よ本当は好きなのよと言えなかった私が悪いのだ結局は。そのくせマゾっ
気たっぷりな彼女に対しては照れて罵倒したりとかはできないおかしい。

ハッピヌーイア

時々別れた事は間違いだったんじゃないかって思うんだけど、会って顔を見て一緒に歩いて話をする度にやっぱり合わないなって感じるし苛々してくるからやっぱり私は正解かしらね。
バイト先の素敵な人にどうして別れたのかを聞かれて、嫌になったんです苛々するようになったんですって言ったら、贅沢な女だなと言われた。
贅沢とかそんなではなくて、合わないなと思い始めてからの会話なんて只のストレスだし、それだけなのだけど。
それとバイト先のとても私に友好的に付き合ってくださる先輩にどんな人がタイプなのか聞かれて価値観の合う人が良いですと答えたら、覚えていないけどなんだかとてつもなく素っ頓狂なことを言われて愕然とした。
そもそもその加藤ミリヤ好きな先輩と価値観が合っていない。
彼女が言ったのはものの好みであり趣味嗜好の部分であり、物の考え方とか常識とかマナーとかそういうのがずれてるのって付き合っていく上で重要だと思いませんか、ねえ。
その点で彼とは上手くいっていたと思うんだけど何があったのかな私達は。

生きていくには億劫な少女

最近書いた日記を載せる作業が面倒で面倒で。
去年の暮れ頃の日記。

疲れた時とかちょっと贅沢したい時、自分に恍惚としたい時。
部屋で途切れさせないで音楽をかけてキャンドルを点けて部屋を橙で満たして、そしてタバコを吸う。
メンソールで好みじゃないタバコだったのにおいしいって思ったから、そろそろ嗜み程度で済まなくなっていてまずいかもしれない。
恋人がいた時はこれで魚喃のマンガを読んで完璧だったのだけど、今はそんなことをしてもしっくりこないからそんなことしない。

ヒトガタ

最近ますます性別に対してのきもちわるさが増してきてそれなりの頻度で厭な気分になるから憂鬱。
自分の裸を見たら気分悪くなるし、着替えしてるだけで厭なものが押し寄せてくる。
他の人の艶かしいものならまだ大丈夫なのに、自分のそういうものを見るのは本当に気分悪い。
裸なんて美しくもないし興奮も欲情もしないし、そもそもその性的感情が禍々しい。
別に私はセックスしませんとかそんなことを言ってるわけでなく、でも想像したくないこと。
自分の胸に手が触れただけであのもやもやした気持ちが押し寄せてくる、まあこれは小さい頃からだけれど、自分が男でなくて良かったと思う。
下半身にあんなものついてたら私、自殺したくなる。
突起物とか出っ張りとか凹凸とか要らないので、人間筒状とかにならないかな。
前何かでぶよぶよした皮膚と肉に包まれているのが嫌って言ってた人がいたけど。
もし自分が太ってたらって考えるとぞっとする。
余計なものが沢山付いていてシルエットが醜くて、歩くと重くて見た目で惨めな思いをして、一生自分自身を好きになれないのではないかと思う。
まあ体型云々よりも性に対してで好きになれないけども。
女だ男だという区別も要らない。
堅くて変なものが付いてる男よりも柔らかくて可愛い女の子とハグして一緒に暮らしたい。
あの子みたいな、もちもちした子と。
気持ち悪い。性別とか性的な出来事なんて消え去れば良いのに。

どうか末永くお幸せに

バイト先の人と飲んできた。
非日常的なことって新鮮で楽しくてわくわくするけどその分劣等感に苛まれるからあまり健康的でないな。
私もあの子くらい積極的になったらハグも出来たしほっぺにチューもしてもらえたのだと思うと悲しい。
飲み会のあとカラオケを断って一緒にまた飲んで話したけど、ただ座っていただけのような感じの私の存在感の薄さ。
というか存在感がないわけではなかったけど別にいなくても成立する。
ところで彼が結婚していたのは薄々知っていたけど、その後離婚したのは知らなかったし
子供がいるなんて初耳だったし23歳だったことに何より驚いてる。
私の中では26歳だと思ってたし、23歳なら私とちょっとしか変わらないしまだまだ若い方だし学生生活終わって間もないし、そんな年でディスクジョッキーに結婚に離婚に息子って頭が混乱する。
そして今好きな人がいることも。
バイト頑張らなくちゃいけないと思ったのに、それ以外のこと、要するに私の専攻じゃない余計な音楽とか娯楽とかそういう類をもっとやりたいと思ってしまったし、それが格好良いって錯覚を起こしたし、結局私には上手く出来ることがあるのか不安になって、そんな気分で帰ってきたから死んだ魚みたいな世界の終わりみたいな顔して家路に着いた。
真っ暗なサルヴァトーレは素敵で、非常口の明かりだけ浮き上がってるのが美しくて、私はやっぱり彼とは近づけなくて、さよならも言わずに帰ってきたから今頃起きた彼はいつの間にメリッサが帰ったと口にし、彼らの音楽知識とアルコールの知識の豊富さに圧倒されて絶望した上、意味もなくイタリア語を休んでしまうつもりだから更に落ち込む、そんな夜だった。

夢でも私を苦しめるひと

今日の朝ツイッターを見ていたら映像研究室でヤンの映画を上映するという情報を知って大喜びで参加。
ヤンのルナシーっていう映画を上映してくれて、大きなスクリーンで観られたし音には迫力があるし画質も悪くないしで家のテレビで観るのなんかよりずっと面白かった。
それにしてもヤンの作品があんなちゃんとしたDVDになったいたのは知らなかった。欲しい。
内容はらしさが滲み出ていたなという作品。
動く踊る肉片が随所に出てくるし俳優は風変わりな人が多いし(ヒロインはとても美人だった!)、相変わらず背景に政治世界情勢が見え隠れする。
私の稚拙な頭は第13療法、あれはきっと男性の一番大切なパーツを切除だと信じていたのだけど、調べたら皆自我だとか自分の意思だとか書いていて自らを恥じた。
そう、登場人物の一人の笑い方がとてもバイト先の先輩に似ていて少し不快だった。
そんなことより肉片が断然不快だったけれど。
見終わった後に先輩が教えてくださった豆知識。
ルナシーの舞台は精神病院なのだけど、エキストラとして出演している精神患者は本当に精神科の人間なのだとか。
リアリティのある演出をしたかったのか。
ヤンの映画は同じ俳優を複数の役柄で使うから頭が混乱する。
何が善か悪か何を信じれば良いのかわからなくなる作品。

帰りの電車で偶然高校の友達に会って家まで送ってもらった。
ツイてる。
彼氏とのセックスで悩んでるらしくそういう問題って難しいなと思って解決し切れるだけの良いアドバイスもできずやっぱり難しい。

いつもきれいな顔をしている友達のすっぴん姿を今日初めて見て、作られた肌のきれいさだと知って動揺を隠せない。
一緒に過ごすにつれ本当に可愛い子だなと母親の目線になっていく私。

私そろそろ本当にストイックになって買い食べをやめないと大変なことになりそう。

クリスマスが近づいているからか気温が日に日に下がっていくからか知らないけれど理由なんてどうだっていいけれど最近とても人恋しい。
必要最低限しかメールなんて送らなかったのに何かにつけて彼にメールをしようと目論んでいる。してないけど。
もう私の恋人じゃないからかもしれないけど最近彼が魅力的に見える。
でもよりを戻すなんて嫌。というのは私の陳腐なプライド?
女の子と会っている彼に嫉妬するのはお門違い?
もう私の出る幕なんてない?
今更?
あわよくば先輩と…とかいう気持ちも邪魔してやっぱりもう一度なんて言えない。