もろもろ妥協したとはいえ、完全に自分の私物であるノートパソコンを手にした今、できることが増えてワクワクが増えて嬉しくなっていたのもつかの間、いったい私は何がしたいんだろうと日々悶々としている。
今やりたいこと、ほんとはやりたくないのか、やりたいけど面倒さが勝って濁っているのか、金銭感覚が鈍って何もかもが鈍感になっているのか、なんなんだろうか。
新しく手に入れたおもちゃを使いたすぎて、判断力がおかしくなっている?
やらなきゃいけないけど目を逸らしていることのウェイトが大きすぎて、やりたいことを押しつぶしている?
陳腐なゲームを脳死でやりすぎて、インスタントな快楽をダラダラと得ることでしか楽しさを見いだせなくなっている?
SMAAASH
イマーシブミュージアムミュシャ展、もういいやと無かったことにしようと思ってたけど、偶然も偶然、必然でそそそにしたのかも。そして引き戻して連れてってくれてありがとうである。
隣に並んでた男性のSMAAASHのMOTHERキャップ、イカしてたなあ。
虚無で体たらく
あの頃の自分、仕事でけちょんけちょんになりながらもインプットの量も質もコンスタントである。スクショを見る限り。空白の2年(くらい)を挟んで虚無で体たらくになった延長線上のわたし、筋トレをしないと復活しない。
2024年
振り返れていなかった2024年を簡潔に。ハイライト。
年の始まりは、飛行機で散々
仕事の意気込み、尻すぼみ
引きこもり、思い出と日常は9割方恋人
快適は金で買う。洗濯機食洗機リベイカー
幸せなことにそばにい続けてくれた恋人
ビジュアルシンカー
絵を観て得られるもの、少ない感、自分はゴリゴリの視覚思考者なのかも。
絵を描くからと言って、ビジュアルシンカーではない、と。
イメージソングとかも全く浮かんでこないし。
具体のモチーフがあれば具現化出来るし描けるけど。
夢を見なくなったのは、
睡眠障害を持つ人ほど鮮明で長い夢を見やすい、と。
夢を見なくなったのは、睡眠時間が引っ張られて長くなったから、夢を思い出さなくなったのは、日記をつける時間も習慣も寂れたから。
なんだかものさみしい感じ。
貴重な人種
もちのろんで話せない夜のこととかはおいておいても、この人になら話せる、聞いて欲しい、っていうことがほぼ。曲の好みとか、陰キャみたいな趣味とかも込みで。
前の人には、そういうのなかったし。
なんだかこの感覚に覚えがあると思って記憶を遡ったら、一回り上の戌年だ。
包容力があるのか、人柄か?どちらも。
貴重な人種である。大事。