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milet

花を纏う

部屋でキャンドルを灯そう。と思ってキャンドルを買いに行った。
燃料用みたいな真っ白い飾りっ気の無いやつでよかったんだけど、
その隣に並んでいたフローラルのキャンドルから彼女のシャンプー
と同じ匂いがして、そっちに惹かれてしまった。
いい匂い。

女なんて

自分が好きだと思うもの良いと思うものを否定する人の気が知れない、褒められて謙遜するんならそんなもの持たなければいいしそれってすなわち自己否定だし、だから私は可愛いねって褒められたらだよね、可愛いよねって同調する、容姿については流石に褒められてもでしょ、私可愛いでしょと真顔で言ったりはしないが、でも女なんてそれぞれ可愛いく見られようと何かしらの努力をしてくるわけでそれを全否定したらもう何だかわけがわからない言い草になる、有難うと言っておけばよいのだ。

石の上には一年

19才の今ってもしかしたらモテ期かもしれない、バイト先でかなり濃く気に入られたし外人にナンパされたし、
明日その外人さんと出掛けるけど、私まともに英語話せないしコミュニケーション取れない気しかしない、しかも待ち合わせの場所遠い、

この間学校祭ライブがあって本格的に楽器を始めて一年が経って、何事も一年取り組んで一年以内に成果が出なければ私の努力不足で向上の無さに呆れ返るけど、ちなみにアルバイトがまさにこれに当てはまって作品制作も何と無く該当したから一年以内に成果を出さないとって思ってるだけなのだけれど、とにかくギター、本番でアルペジオは弾けないわ音はずれるわで私これはいけない最低だと思ったのだけど、一年前に同じ曲を弾いた音源を聴いたらそれこそそっちは底辺の更にその下くらいの出来栄えで、成長してはいたからよかった、できなかったと思ったところも録音では案外大したミスにはなっていなくて、演奏が成り立ってた、すごく安心したし、それに、アンケートのランキングに私が演奏した3バンドとも入っていて、それが本当に嬉しかった、特に私がギターボーカルしたシロップ、ガチャガチャしててハチャメチャで救いようがないと思っていたけど、録音は案外かっこよく決まってたし、かっこよかったって書いてくれた人がいて、存在価値を見出せた気がして感動してるし自信につながった、といってももともと自信はあるし、ブーイングされたところで好きだから続けてやるけど、とても嬉しかった、

プレゼント

素晴らしい夜だ!
友人がお店で誕生日を祝ってくれて、バースデーサプライズがあるってことは予感してたけど、まさかプレゼントをくれるとは思ってなくて、紙袋を貰ったのは本当にサプライズで嬉しかった。
お店を予約してくれて、飲み放題とコース料理を計らってくれて、名前付きでバースデーサプライズつけてくれて、しかも全額ご馳走になっちゃって。
お店を出るときに実は先にお会計を済ませてくれてて、スマートに出られたの惚れちゃう。
爽素敵だ。
プレゼントのお月様のピアス、すごく可愛い!

というかそもそも

過度なレズビアンな訳ではないのだけれど
(というかそもそもレズビアンですらないけど、)
女の子のツーショットは好き。
きれい。

思考回路2

人にひけらかしたいアイデアとかデザインがあるのは伝わるんだけど、それと内容とが噛み合ってなくて、私はすごいんですこんなこと考えついたんです感が全面に押し出されてる。
私もやりたいアイデアとか描きたい部分的断片的なイラストとかはあるんだけど、それが本当に言いたいことやりたいことに結びつかないから、だから私の作品には私のセンスというか趣味嗜好が全く生かされてないのだと思うし、片方が先行しちゃってどうしたらいいのかわからない。

記憶と学習と未来

それしか出来ないひと、
それが個性で作風なひと、
自分の得意なこと、
自分はそれしかできないと認めてるみたいな。
同じモチーフを描き続けることは良いのか悪いのか
伝えたいことがあるのか
一定のものを描き続けることが伝えたいことが一定しているということなのか
色んな方法でアプローチするのが間違いなのか正しいのか

頑なに皆一緒の精神に反発心を抱き続けること

笑いのタネ

昨日の帰り道大学生にもなって喧嘩してしまって、そんなことでプリプリするなんて大人気ない!急に話有耶無耶にするなんて許さない!と思っていたけれど、よくよく考えたら大人気なかったのは私もで、相手の軽い嫉妬みたいなちょっとした我が儘みたいなのを真に受けて喧嘩腰で返信したの、悪かった。朝になってごめんなさいってメールが入ってて、私もごめんねって言って、そのやりとりがくすぐったくって、こんないざこざなんて気にせずまた仲良くやっていけるだろうって分かってたんだけど、でもやっぱり直接会って謝るまではちょっとこわくって、でもそういうときに限ってうまいタイミングがなくて、結局一番はじめの会話は電話でライブ巻いてるよ!早く来て!って私が急かして相手は半泣きかむしろ号泣くらいの勢いで走りながら応える、っていうシチュエーションだった。自然にまた話せるのもいいことだけど私としては大事なことはメールじゃなくて直接言いたかったから、面と向かって謝り直せて良かった。やっぱりくすぐったかった。改めて私はこの子と一緒にいたいなって思った。直接謝れて良かったとは思うけれど、直接言い合いにならなくて良かったなって思う。もし顔を見て喧嘩してたら私は馬鹿みたいに同じ罵声を浴びせるか泣き出すかだから。

a work , this is my work .

制作しててふと思う。
18歳にもなって工作してる。
絵画だってあなたのその絵小学生?みたいな人がいたりするし、一心不乱に銅板叩いてた時とか、粘土練ってた時とか、図画工作と変わらない。のではないかなって。
それで私は図画工作との違いを考える。
でも答えは出なくてガラクタみたいな作品が押入れに溜まっていく。
将来もしかすると私は世の中にそういった作品を出していく人間になるかもしれなくて、その時に抽象彫刻みたいな、現代美術みたいな価値のよくわからないものを創造するのは厭。

私は物事を損得とか必要性とかで考えてしまうけれど、不思議と美術は自分の中の価値基準の例外だったりする。
実際のところアートは心を豊かにするって言うけれども別に街中にオブジェがなくたって死人は出ないし、ポスターだったり装丁デザインなんかに華がなくたって売ることは出来る。
でもアートは生活に楽しさを加えるというかなんというか、私が美術の世界にいるからかもしれないけれど、無駄だとは思わない。
流石に景色をスーパー写実で描く人は理解し難いけど(自然をそのまま見たらいいもの!)。
高校のときに耳にタコが出来るくらい聞いた、写実云々の意味がやっとわかったの。
立体として3次元に存在しているものの美しさを真似て2Dにしたところで高が知れていて、わざわざオリジナルを絵に起こすというところに、なんらかの画家の感情なり意味なりを添えなければならないんだと思う。
こうやってたまに考えるとき、真のイデアとか何とかっていうのを思い出す。
どう足掻いたって本物の美しさには叶わないんだ。
と、ここまで模写系を仮定して突っ走ったけど、デザインだったり制作活動はこうじゃないかも。
デザインは他を盗んで利用してなんぼの世界だから例外か。
自分で構想を練って作った作品は、オリジナルだからこの世で一番、至高の価値が見出せる、かもしれない。
話の収集がつかなくなってきた。
要するに私が言いたいのは、無駄を嫌う私が無駄みたいな美術を無駄だと思ったことは一度もないから、私は美術をやるべき人間だってこと。

怠惰故に可能性の芽を捥ぎ取る

今日、まさに今約束をすっぽかして申し訳なさでいっぱい。
私だってすごくすごく参加したい飲み会だったけど積極的になれず、
怠惰さが勝って家から出ずについに向こうからお怒り催促連絡が来るという。
次に会った時どうしよ。
そして何より辛いのは私自身本当は行きたかったってこと。

ところで
バイト、全然成長できていない。
なんだか店長に怒られてばかりなので悲しい。
努力しなくちゃと思い実際勉強はしてるけど、
やっぱり私のだらしなさと怠惰さと危機感の無さで今日の勉強会をさぼったし、
もう寝たい。
キャンドルつけてダラダラしたい。

先輩からまた連絡来るかもしれないし
もしかしたら今から駆けつけの可能性もなくはないから
リラックスモードに入りたくない。

後悔後悔後悔。