誰かに好いてもらえるということ、因果応報。

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行き先で山手線の内回りと外回りの区別がついてどっちに乗るべきかわかったから、わたしはまたひとつ賢くなった。
山手線は輪っかではない(時もある)

誰かに好いてもらえるということ、ものすごく貴重で尊いことなのにこんなふうに邪険にして蔑ろするなんて相当生意気。烏滸がましい。恋人からの愛に過信しすぎでは?盲信しすぎでは?それが他者の愛を疎む理由には到底ならないのだけど、やはりわたしは図に乗ってるようだ。幸せの中にいると大切なものを見失ってしまうらしいけど、あの頃のわたしは今みたいに恋焦がれられること、あんなに欲しがってたのに、なんて贅沢。そしていつか必ず神様のバッヂが当たるし、わたしがそれに気付くかどうかはわからなくとも、報いはある、恋人から?友人から?仕事?健康?未来は未定でも、因果応報。