かく語りき

#

随分と甘ったれた人間になってしまったなあ、と思う
でも中学の頃の私のそれは自分を守るためのものであって、本心ではなかった。怖くない、痛くない。何も感じないように振る舞うことが必要だった。
今は、大学生とそれと高校生の頃の一部の人達との関係の中では、私は弱みも愚痴も本心のままに言うし感じたままに喋ったり行動する。そうしようと思ってオーバー気味にフットワークを軽くしたというのも事実だけど。
それとホラーの話。
幼少の私はおそらくホラーは別段好きではなかったのだけど、怖いものが平気、というステータスを身につけるためにあえて平気なフリをしていた。今は刺激が欲しくてホラーを好きってことにしてる。今だって大好きなわけではおそらくない、でも日常は楽しくてもヒヤヒヤハラハラが少なすぎるゆえ。

それに痛み。我慢強さ。
最たる例は注射であって、今も注射好きな人間という設定を崩せないでいるのだけれど、変わった人間、痛みが平気な人間のアピール。実際中学の頃くらいは本当にこれが好きと思い込んでいたけど人間の本能的にもそんな筈はなくて、今は注射嫌い、痛いこと嫌いと内心強く思う、のにそれを言えないのはやはりプライドと個性の主張。

耐えられると思い込んでいた痛いこと苦しいことが耐えられなくなったのは、痛い辛いと言ったら受け止めてくれる人ができたから。ひとりで平気なふりをする必要がなくなったから。
ひとりで生きていけるわけもないのにひとりで生きていこうとしていた昔の私はとても愚かだけど、弱みを見せないのは動物的に鋭く生きられていた。
頼れる存在がいるのはとても幸せだけど、ひとりでどうにかしなくてはいけないことってある、そういうときに弱くなってしまったのは悲しむべきこと。
嫌だとは思っていながらも、好きな人本人に向かって態度には出さないにしても、私は恋愛に依存してしまう人間なのでもう昔の私は死んでしまった。
でも素直になるのは良いこと、世の中はとても生きやすくなった。おもしろくなった。