自己肯定感

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ものすごく久しぶりに見知っていない仲の大勢と話す飲み会然とした飲み会に参加し、しかも終始楽しくテンションも高く気遣う側に回れるというベスト体験をした。
自信のじの字も掠れるくらいの仕事が日々だけど、薄々耳に挟んではいた自分の評価とか、中の人たちの考え方、それに好印象抱いてくれている感触のあるコミュニケーション、それも含めてものすごく久しぶりに生きている心地がした、し、若い時の何処からともなく湧いてくるよくわからん自信過剰に近いような、私大丈夫!という万能感。
年収1,000万の人間とのお会計で私が旧諭吉1枚払うのは訳が分からないけど、私を前に出したい人本の意見合致、聞いていてとても悪い気がしない。喜ばしい。

自分を棚に上げて世の中の、他人のせいにするのはあって然るべきではない健全でないけど、こちらの至らずも内省しつつも、外的に励ましてもらうというか、お前いけてるよ!と自己肯定感を高めてもらうシチュエーションは大事なのだなと、ひしひしと。
己で自己研鑽というかモチベーションを保てるのならそんなことは必要ないと思っていたけど、外的要因が皆無では人間は狂いそうになる、というかありたい健全な精神状態であり続けられない。少なくとも私は。
どちらかというとひとりで、自分で内省で何とかなるタイプとは思っていた、いるけど、どうあがいても環境動物、人間関係に始まり人間関係に尽きる。と。

なぜ今の私は今までできていたことや心躍らせていたことや意識しなくても楽しいと思ってできていたことができなくなったのと自己嫌悪自己批判モード抜けられず改善できずっぱなしだったけど、集中力のなさ然り、楽しめない心も然り、そもそも精神にエラーをきたしているのに、正常なインプットアウトプットができるわけもなく。
客観的に、その事実に気付いた意義は大きいけど、日々の仕事の中で状態が立ち返らないわけもなく。
何か心の健康を維持するための何かは必要不可欠な。吐き出す?受け流す?
普段から周りにいてくれる大切な人とも話しているとはいえ、直接、事態を把握していて(しかも味方サイドでいてくれて)の人に直接、当人への不満を吐き出せたから、私はすかっとしているのである、メイビー。
恋人を不快にさせない程度に、鬱憤を吐き出すのは生活をまともに過ごすうえでマストかも。