なんで間違い探しって難しいのかしら。
些細なことだけれどふと思ったの。
別に間違い探し自体は簡単なのよ。
これだけだと言っていることが矛盾してるわよね。
要は、間違い探しで間違いを見つける順番って人それぞれじゃない?
最初にティーカップがないことに気付く人もいれば、
背景の違いが見つかってテーブルにも違和感を感じて…という人もいると思うの。
けれど一番最後まで残ってしまった間違いって見つけ難いじゃない?
(少なくとも私の場合は一番時間がかかるわ、)
けれどその間違いは誰かが絵を見て
真っ先に気付いた箇所かも知れない。
不思議よね、どの間違いもそこまで難易度に大差はない筈なのに。
あったとしても小さくて見え難いくらいじゃない。
これって心理的なものなのかしら、って思うの。
何に関しても言えることだと思うけれど、
どうしても残り一つになると何らかの感情を抱くじゃない。
例えばお皿に一枚だけ残ったクッキーみたいに。
目の前にあって食べてしまいたいけれど他の誰かに譲るべきかしら、
それともこのまま貰ってしまっていいのかしら、って。
考えが幼稚でごめんなさいね。
でもそう言うことだと思うの。
クッキーの場合は、一枚だけしか残っていないから食べてはいけないって言う
不必要な謙虚さがあるんだと思うわ、欲しいんなら手にとって口にすれば良いのよ。
間違い探しの場合は説明し難いんだけれど、残り一つだから間違いを探しきらなきゃって言う
使命感かしら?少し違う気がするわ、どんな感情なのかしら…
やっぱり不思議だわ。
追記:何と無くだけれど分かった気がするわ。
要するに、間違い探しの最後の間違いに対する困難の原因は先入観よ!
私達の頭の中はきっと、最後まで見つからなかったから難しいって思い込んでいるのよ。
私の頭から搾り出せる見解はこれくらいだわ。